
少し詳しく乙女峠でのコトを書こうと思います。
撮った写真はほとんど消してしまったので、
言葉でだけ、残しておこうと思います。
マリア聖堂に着いて、聖堂の中に入ると、
涙が零れて、1番前の席に座ってしばらく泣きました。
お祈りをしたかったのですが、
感情が溢れるので、下を向いて誰にも解らないように、
泣きました。
敷地内に、古田織部(戦国時代の大名・茶人)の十字型のお墓があって、
ここで古田織部のデザインを目にすることが出来て嬉しかった☆
私は千利休も好きですが、古田織部もとても好きです。
それは表現者として。
マリア聖堂から、また山へ登った場所に「千人塚」という、
この地で改宗を拒んで亡くなられた方のお墓があります。
かなりの山道でしたが、普通の山登りは慣れているので苦にはならず、
山の香りや、音を聞きながら、
登りました。
登りながら、自然に口から零れるメロディがありました。
それは浜崎あゆみさんの「JEWEL」
今年に入って、何曲かこの方の歌を聴きました。
・・・・・この曲のメロディを口ずさみながら、
私は山を登りました。
この曲がとてもこの場所に深く溶けていくようで、
そのたびに、とても優しい気持ちになるのでした。
権力を持つものが、時代の変革時、
民を振り回すのが、世の常だけど、
その一人、一人には心があって、
大切なものがあって、
ここで亡くなられた方が、立派だとか、
何にもおいて生き残ること、子供を生かすことが、人間として1番大切なことだとか、
そんなことを考えて、判断したりしませんでした。
ただ何百年もの間、司祭もなしに、
信仰を守ってきた人たちがいて・・・・、
それから、この地で、明治政府という大きな権力に貢献することで、
藩を家を守ろうとした武士、お寺の人達がいて・・・・、
だけどその方達も決して、強い立場に居るわけではなく、
ただそれぞれが自分の役割で忠誠だったことが、
とても悲しかった。
幕末の大きな流れに乗った藩と、それに遅れをとった藩の、
行く末を知っているから・・・・。
そんな思いの中、
ただひたすらに信じて、無力に亡くなられた方の中に、
硬くなさとはまた違うような・・・・、
信仰を守ってきた、自分の先祖に対する想いを、
大切に想っている人の、
素直さや、純真さを感じました。
父、母、故郷への想い・・・・。
亡くなられた方の中の、ある男性が、
極限の状態の中で、
仲間の方に、夜になると青い着物をきた優しい女性が現れて、
いろんな話をしてくれるから、
僕は寂しくないと言い残して、数日後亡くなられたそうです。
だからここは、日本で唯一、聖母が降臨した地とされているのでしょう。

乙女峠での、細かい心情を書くつもりは無かったのですが、
今は私自身のために、言葉にして、
そしてここに残しておきたいと思いました。
もし私が神様で、何の神様であったとしても、
苦しみの中に在る人が、一人ひっそりと膝を抱えていたら、
その方が1番嬉しい姿で、
その方に語り掛けたいと思うでしょう。
・・・それは私が人間だから、そう思うのでしょうか。